「未分類」カテゴリーアーカイブ

2015年 11月27日(金)

 午前、ヘススとオートバイの話をする。ムンドバットとの連絡が取れ、リストを準備するそうだ。ただ、昨日、エドワルドから聞いた電気自転車の話もした。月曜日に間に合えば、お金をおいていく予定にする。他にJICAと会ったこと、関口君の留学の話をする。
 午後に洗濯物をタマラの家に行く途中で写真を配る。
 午後5時にベリンダの家へ行き、プレゼントを持っていく。ベリンダは来年15歳のイベントを控えており、妹のイバニアは12月が誕生日である。バスタオルやトランプを渡すと喜んでくれた。そのトランプでババ抜きをすると本当に楽しんでくれた。
 松矢さんと彼のスペイン語の先生、私のお土産を渡してくれたが、ガラス製品と瀬戸物だった。高価で割れやすく非常に困った。松矢さんには手紙つき、帰国したら直ぐに松矢さんに届けなきゃ。
 夕方ノボル・タマラ夫婦に夕食を招待され、ビールを持参する。久しぶりにキューバのビール「クリスタル」を飲んだ。メインは魚のハンバーグ、手間が掛かる料理を堪能する。

ベリンダ、イバニア姉妹からのガラス製のプレゼント、高価で割れやすい品物を
ベリンダ、イバニア姉妹からのガラス製のプレゼント、高価で割れやすい品物を
Email this to someoneShare on FacebookTweet about this on Twitter

2015年 11/26(木)

 8時30分過ぎにフカロの人達と一緒にシロレドンドのアルベルトの田んぼへ行き、栽培状況を見てもらった。フカロの田んぼに比べると明らかに草の発生が少なく、大きさも小さいのが確認できたと思う。農薬は高いが、効果があること、また、手で取る必要も分かったと思う。なお、12月1日に1回目の収穫を行うとのこと。
 松矢さんから預かったチェ-ンソーはアルベルトに無事に渡しました。(アルベルトが使っていたチェ-ンソーはフカロに渡してあるそうです)
 アルベルトの家を去る時にJICAの職員と会った。話では指導者の育成を日本で研修を行ってきたが、青年の島を対象にするそうである。2008年にはキューバの農林省に笑われたことを考えると続けた成果が出ている。
 原田さん達フカロの人達と話して分かったところによると原田さんの娘は日本国籍を持っているとハバナ・マイアミ間の飛行機に乗れるそうである。45分、400~500ドルだそうだ。
 また、日本での人間関係の希薄さを残念に思っていた。
 3時に帰宅し、写真を配りにノボルの宅のそばに行った。ついでに竹とんぼを配った。

アルベルトの田んぼをフカロの人達が視察に来た風景
アルベルトの田んぼをフカロの人達が視察に来た風景
チェーンソーをアルベルトに渡しました
チェーンソーをアルベルトに渡しました
エドワルドによるお灸、初めて見ました
エドワルドによるお灸、初めて見ました
Email this to someoneShare on FacebookTweet about this on Twitter

2015年 11/5(木)

 午前9時27分の燕三条駅発の新幹線で東京へ出発。
 午後1時にキューバ大使館領事部でビザ申請。数人の申請者に会う。変化する前のキューバを見たいのこと。ハバナマラソンへの参加者もいた。
 午後6時45分出発、トロント経由も順調にハバナ到着、キューバ入国も問題なかった。
 夜10時30分頃、ホテルに入る

カナダトロントでのゲート風景
カナダトロントでのゲート風景
Email this to someoneShare on FacebookTweet about this on Twitter

2015年 6/13(土)

6/13(土)
 朝食を取りに行くとノボルが熱を出して寝ているとのこと。心配だ。
 フカロへ11時にバスで行く予定で、散歩ついでに歩くと広場で露天が出ていて菓子パンを買う。また、昼食代わりに小さなピザを買って食べた。
 11時に湊さんとナンシーがトラックで迎えに来た。ありがたいが、金が大丈夫か心配だ。
 12時に原田さんのお宅へ、昼食をご馳走になる。特に長ネギの料理を美味しくいただいた。この時期は野菜がなくなる時期なので大変うれしい。
 その後、原田さんの田んぼへ、40aぐらいか。5月下旬に播種したものと思われるが、今年は雨が多いため、水が溜まる低い場所では芽が出ていなかった。たぶん腐ってしまったのだろう。適期に作業ができればこのようなことが無いかもしれない。機械の導入が待ち遠しい。
 なお、原田さん宅では乳牛を飼い始めた模様。若手がいるのではじめたか。
 その後、湊さんの家で夕食をご馳走になる。泊まっていけばと言われたが、蚊が多くて自信が無く、バスで帰ることにした。8時過ぎには家に着く。

フカロの原田さんの田んぼ、水溜りのところは芽が生えていない
フカロの原田さんの田んぼ、水溜りのところは芽が生えていない
Email this to someoneShare on FacebookTweet about this on Twitter

2015年 6/8(月)

6/8(月)
 午前6時のグアグア(乗り合いバス)でシロレドンドへ行く。
 シロレドンドのバス停でウリセイ親子に会う。ウリシートは髪型等もだいぶ大学生らしくなってきた。また、父親のウリセイはヘロナへ働きに行っているようだ。
 ウリシートへは大阪の緑さんから派手なTシャツを渡したので確認し、手紙を書くように依頼する。
 エドワルドの家へ行き、蚊取り線香・蚊避けスプレー等を渡す。朝食を頂き、着替えてアルベルトの田んぼへ行く。アルベルトの母親のベルタに会った。元気そうでよかった。
 頼まれた長靴を渡すと喜んでいた。
 田んぼに行くと、半分は耕された圃場があり、半分はカラバサ(かぼちゃ)の作付けけがされていた。トラクターが来ないため、耕起ができないとのこと。草の根無償支援事業の耕運機が早くほしいとのことだった。
 その後、耕された圃場にはブエ(雄牛2頭による耕起)が来て、耕していった。トラクターが
入れない圃場でも入れるが、プラウ部分が軽く、耕起部分が浅くなるのが残念である。なお、撒くモミはロスパラシオス研究所から送ってもらったとのこと、研修の効果が出ていると思う。
 久しぶりにベルタの昼食をご馳走になったが、美味しかった。
 午後は雨が続き、今年はシロレドンドで雨が多いことがわかった。
 牛乳とマンゴを貰いかえったが、結局グアグアは午後の8時にしか来ず、バス停で1時間30分待つことになった。キューバでは待つことが大事な仕事である。しかし、蚊が多く、20匹以上殺したと思う。

ウリセイ、ウリシート親子
ウリセイ、ウリシート親子
アルベルトの田んぼ、牛で耕起、ここに「LP5」を播く予定
アルベルトの田んぼ、牛で耕起、ここに「LP5」を播く予定
Email this to someoneShare on FacebookTweet about this on Twitter

2015年 6/3(水)

6/3(水)
 朝5時にレイコさん宅出発、朝から空港で待っているが、遅れに遅れて、2番機(前日の乗り残し者分)は11時にチェックインしたが、中では1番機も飛んでいなかった。午後に1番機が飛んだが、また、戻ってきた。1番機は午後11時頃出発、我々の2番機は午前1時30分にようやくハバナを出発し、2時過ぎにヘロナに到着。しかし、誰も待つ人がいなく、レイコさん経由でエステバンに迎えに来てもらう。

夜2時過ぎにヘロナに着いた飛行機
夜2時過ぎにヘロナに着いた飛行機
Email this to someoneShare on FacebookTweet about this on Twitter

2015年6月キューバ日記(CUBAPON稲作支援プロジェクトin青年の島)その1  6/1(月)

6/1(月)
 午前10時27分の燕三条駅発の新幹線で東京へ出発。
 午後1時にキューバ大使館領事部でビザ申請。最近ツーリストカード等の申請が多くて大変とのこと。
重量制限でおいてきたものが多い上に必要なものを忘れて 羽田で足りないものを買い物。
 3時にチェックインカウンターに並び、IFCの鎌田さんから見送りを受ける。
 午後5時40分出発、トロント経由も順調にハバナ到着、キューバ入国も問題なかった。
 夜10時30分頃、ホテルに入る。最後のお湯でシャワーを浴びる。

Email this to someoneShare on FacebookTweet about this on Twitter

2015年 6月 菊田さんのキューバ日記を再開します。

※現地での稲作支援活動にひと区切りをつけ、昨年(2014年)9月に日本に帰国した菊田さんですが、その後の「青年の島」稲作栽培の経過と機械の故障などの問題解決を図るべく再度キューバを訪問します。

9月の帰国後、キューバを取り巻く環境が大きく変化を始めるなか、青年の島の人々の生活やキューバへ旅をするにあたり(アメリカとの国交回復前夜のキューバに)どんな変化が起こっているのか、彼の日記形式のメールから感じていただければと思います。
菊田リポート〈青年の島から〉どうぞよろしくお願いいたします。
(サイト管理者より)

Email this to someoneShare on FacebookTweet about this on Twitter