クバポンの訪問団が帰り、久しぶりにアルベルトの田んぼで草取り、カメムシが少しずつ増えてくる。アルベルトは収穫機がどうなったか、心配して明日見に行くとのこと。雨季が近づき、雨が降ったため、早めに作業を終える。訪問団の対応疲れが残り、早めに休む。
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5/13(火)
訪問団最終日、ポリクリニコ(診療所)を見学、外来患者の診療と大学教育を行っていると説明を受ける。医師・看護士の多くが外国へ派遣されていることに改めてびっくりする。
モデロ監獄跡を見学後、昼食。フカロ地区の農家を見学、豚や鶏の飼育風景、パッションフルーツや椰子の実ジュースで歓迎を受ける。マンゴーが出て訪問団の皆さんは感嘆していた。6月に田植えに来ることを確認したが、雨の状況を心配していた。
その後、飛行場へ向かう。飛行機が遅れ、やることが無いため、ラム酒での宴会が始まった。一部の人は腹ごしらえにペソボカリージョを食べた。9時に無事ハバナへ。
訪問団の応対は大変だったけれども、多額のカンパ、多くの物資を頂き、感謝します。
また、少しでもキューバの実情や農家の実態がわかってもらえれば良かったと思います。
5/12(月)
訪問団2日目、メヤ地区の田んぼを視察、春の播種は100haと説明を受ける。また、秋の収穫は平均単収が220kg/10aと低いのは始めて作付けした人が100kg/10aと低かったためであった。指導が必要である。Tシャツを送り、喜ばれる。その後、春に播種したばかりの田んぼと冬に播種した田んぼを見る。
11時にメヤの小学校へ。4人の子どもたちの歓迎ダンスで見て、その後、授業風景を見た。何回も訪れているので渡した写真等もまとめられて展示されていた。
ヘロナで昼食後、ホセ・マルティの家を見学、ヘロナの街中を散策した。
午後5時から稲作プロジェクト関係の会議、メヤ地区以外の3地区の人たちと大学の関係者等が集まり、取り組みの経過報告、稲刈鎌等の贈呈式を行った。
6時から文化交流。はじめにキューバの日系人会から浴衣でのダンスや踊り、歌。練習されていて上手だった。訪問団から風呂敷の使い方、浴衣の着付け、習字、独楽・羽子板・竹とんぼが披露された。どれも日系人から関心を持たれたが、習字や竹とんぼに関心があるのにはびっくりした。
8時に夕食。訪問団他、フカロ地区の人たちを招待。カヨラルゴ島でも活躍しているバンド演奏もあり、大変盛り上がった。
5/11(日)
母の日の贈り物をエドワルドの母親と湊クニコへ渡す。
クバポンの訪問団を迎えるため、10時にエドワルド・上河夫婦、アルベルト家族と共に出発。出迎えは他に宮沢夫婦、ナンシー、エステバン夫人、ICAP、政府の人。
飛行機が定刻に到着。クバポン訪問団10人を出迎え、昼食会場へ。母の日で大混雑をしていた。
デマハグアのマルシア宅でポンプの故障部分を確認、部品の調達と運搬を約束する。宮沢さんの姉からアシの葉で編んだカゴを購入。
その後、ホテルコロニーへ。母の日で大混雑をしていた。ビールを発見。久しぶりにクリスタルを飲む。果物とラム酒、そして、カリブ海の綺麗な海と浜辺、訪問団の方には満足してもらえたようだ。帰りにエステバンの娘たちを拾う。ガス欠で立ち往生していた模様。
5/10(土)
5/9(金)
宮沢さんに大学に届けてもらうため、電動自転車でヘロナへ。長距離移動は初めてで緊張する。6時50分に宮沢さんへメモリーを無事渡す。「Shamisen」の日本語訳のコピーを貰う。
コピー機が無いので大変である。
アルベルトは豚2頭を出荷するため、馬車でヘロナへ。雨模様の中、大変である。
以下、管理者注記
※「Shamisen」とは…沖縄からの日系移民2世であるベニータ・伊波さんによる著書。キューバ各地の日系移民へ呼びかけそれぞれの家族史を収集。キューバにおける日本各地、沖縄からの移民たちの知られざる歴史。ドキュメンタリー映画「サルサとチャンプルー」にも本についてのエピソードが収録されています。